新労社 事務所報

労務管理事務所 新労社―新宿駅最寄り、東京都渋谷区の社労士事務所です。ヒトとヒトとの関係がより良く幸せなものになるヒントをここでご紹介したいと思います。

萩オプショナル・ツアーの感動

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先日のお盆の強行軍の続きです。

甥っ子+父母+私の山口県ツアーは、瀬戸内海しまなみ街道を利用したパックツアーでした。パックツアーに参加するのは初めてでしたが、自由は制限されるものの至れり尽くせりでそれはそれで面白みがありました。
萩ポスター
子供向けツアーですが、オトナにとっても面白かったのが萩市です。幕末維新の志士の出身地を探るのは興味深いものです。サービス的に面白かったのが「萩夜景見学ツアー」です。泊まったホテルに貼り出されていたもので、人口5万人ほどの街で「夜景」を見学するとはいかなるものか、参加してみました。

萩夜景1
マイクロバスで夜8時出発です。甥っ子が一番前に乗り「ガイド」をやることになります。山の上に行き「萩の夜景です」とやるのはフツーですが、その内容が結構微に入り細にわたって面白かったのです。函館の夜景はこの数十倍ありますが、夜景の意味までは多過ぎて分からないでしょう。

その後は銅像、商店街、武家屋敷めぐりです。といっても深夜なので中に入るわけではなく、独自のやり方でした。
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強行軍!大阪・松山・山口

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蒸気機関車7
お盆時期は大移動の一週間でした。全部で3,000kmは移動したでしょう。しかも新幹線から鈍行列車、バスにタクシー、蒸気機関車まで加わって手段のバラエティに富んだ旅でした。

朝5時まで仕事して9時に出発。まず、青春18で大阪へ。セミナーCDを3本聞きながら東海道を西下します。勉強したり眠ったりしながら、しかし普通列車の乗り継ぎに気を遣いながら夜8時に大阪の姉の家に着きます。

一晩世話になり、甥っ子を拾って松山へ帰省します。ここからは18切符と行かず、打って変わって新幹線+予讃線特急と乗り継ぎます。まだまだゆっくりした旅の醍醐味を味わうほど、彼は成熟していないのです。こんな高速旅行でも「腹へった〜退屈した〜」というところなどは、まだまだわが党の士にあらず、です(笑)

夕方松山に到着し、夕食してあっという間に眠ります。下記写真の松山のイヌドモは休めますが、私は翌日も休めません。
ちょこときゅう
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よくぞここまで生きたり!

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昨日で40歳になりました。うーん良くぞここまで人生終わらずに生きたなあ、という実感があります。歴史上、40歳未満で人生終えたヒトは有名人でもかなりの数に上ります。

夭折(ようせつ:若くして死ぬこと)

ウィキペディアに上記のようなページがあります。一部自殺も含む夭折者の「墓標」です。亡くなった年を見ると3歳から最高は40歳というところが興味深いのです。41歳以上は若死にとは言わないというのが、この記事での見解でしょう。しかし問題は年齢のことではありません。

上記の有名人以外にも、金持ちに貧乏人、政治家に経済人、学者、文学者、芸術家、技術者、パイロット、芸能人にスポーツ選手、あるいは逃亡者や犯罪者にいたるまで、さまざまなヒトに死は来るものです。

しかし覚悟の自殺はともかく、夢半ばにしてその才能を開かずにこの世を去ったヒトの気持ちを思うと、その社会的功績はともかく個人的には「無念」といえる局面もあったような気がして、胸に迫るものがあります。そこが重要です。
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人間機関車と呼ばれた男

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タフなだけではない人間機関車 E.ザトペックの実像

戦後間もなく、オリンピック陸上で金メダルを4個取った陸上選手です。このヒトは人間機関車というあだ名がついていました。当時の機関車と言えば蒸気機関車。すさまじい音響と共に馬力強くハイスピードで駆け抜ける様を評して言われたのでしょう。

なぜ「機関車」なのか。これは上記のような感覚もさることながら、機械のようにヘコタレない様子もまた、こういうあだ名につながったと思われます。事業もまたスピードもさることながら、衰えない持続性も必要です。こういう人物はどういう生活ぶりだったでしょうか。

○ 「インターバルトレーニング」1本で続ける。
○ 週に2回は休養日を設けている。
○ 大好物が主として野菜。これを馬のように食べた。
○ 零下20度でもトレーニングの後にツララの下がるシャワー室で冷水を浴びた。

このことは何を意味するのでしょうか。
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学生寮の大先輩来所!

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当事務所の近所に、大学の大先輩がいます。同じサムライ業で、私とはケタ違いの収入のある方です。地方大学ですので、東京での同じ大学の知り合いは現在彼しかいません。しかも同じ学生寮だったのです。20歳年上ですから、人間の格からして違います。そんな大先輩が事務所に来られました。

仕事の話以外は、ビジネスの格言謹聴、さらに寮の話で盛り上がりました。盛り上がったといっても、同窓生の先輩とは訳が違います。地方から出てきて東京で1代で地歩を築いた方というのは凄いものです。収入の差以上に話のレベルからして違います。社労士関連の仕事の話以外は、まったく緊張して謹聴状態でした。

私はこの方に学生時代当たり前ですが会ったことはありません。初めてお会いしたのは3年前です。しかし、20年の時の差を超えた共通認識がありました。それは、
○ 閉鎖的だった高校時代を上回る「社会」というものを学んだ時代だった
ということです。
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